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2011年03月 アーカイブ

日本車が支持される理由

「かなり後の話になりますが、北欧でも同じようなことがありました。

昭和46年ごろですが、フィンランドやノルウェーに日産自動車のチェリーを輸出した時のことです。

初めのうちは北欧の低温のためヒーターがきかず問題を起しましたが、技術陣が直ちに現地の実情によく合った強化ヒーターを製造したため、現地から『チェリーは世界で一番ヒーターがよくきく暖かい車だ』との評判を得ました。

こういうふうに、現地のユーザーの声をよく聞いて、そのニーズに合わせたところに、日本車の輸出がよく伸びた理由の一つがある、と確信します」

現在、自動車だけにとどまらず、多くの商品について、日本の国際競争力が強いのは、日本の商品の値段が相対的に安く、品質がよいからだ。

特に中古車トラックのような車も質がいいのでそれなりの値段が付くのだ。

しかしそれだけではない。

デリバリー(商品引き渡し)の速さ、修繕や部品補給などアフターサービスのよさ、ユーザーのニーズに合わせたキメの細かい配慮、などの非価格競争力の点でも日本の商品は非常に勝れている、といわれる。

このような"伝統"は、日本人の勝れた国民性の一つであり、前述の日産自動車の輸出に見られるように、終戦後、まだ間もない苦難時代のころに多くの人たちによって粘り強く培われたものである。

初の対米輸出

現在、日本の自動車の米国向け輸出が伸び過ぎる、というのが日米間の貿易摩擦の大きな問題になっている。

このため1981年(昭和56年)から年間168万台の水準で輸出自主規制をしており、米国自動車業界が立ち直ったため84年は185万台とややふえたものの、自主規制そのものはまだ続きそうだ。

しかし、日本の自動車が初めて米国へ輸出されたのは、戦後も13年たった1958年(昭和33年)で、台数は1ヵ月にわずか500台たらずだった。

当時の模様について、33年5月17日付の朝日新聞は「ダットサン乗用車米国へ初輸出」という見出しで大要次のように報じている。

「日産自動車は、このほど三菱商事および丸紅飯田を通じて、米国の二つの自動車販売会社と、期間1年のダットサン乗用車の輸出契約を結んだ。

第1回分として合計466台を6月から積み出す。年末ごろには月500台の線にいくものと期待している」

「自動車の輸出は、31年ごろからトラック、ジープ型車を中心にふえてきたが、最大の目標は米国に乗用車を輸出することにあり、日産自動車がその一番乗りとなった。

33年秋にロサンゼルスに直営販売店をつくったトヨタ自動車販売も、近く開店の運びである。

米国は33年の輸入見込みは30台(前年の輸入実績は20台)といわれ、日本にとって今後有望な市場だ」

これが日本の初期の輸出です。

今の中古トラックすら輸出できる時代とは大分違います。

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